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乳がん手術を受けられた方の中には、腕のむくみに悩まれている方も多いのではないでしょうか。
手術後に腕が重く感じたり、だるさを覚えたりする症状は「リンパ浮腫」と呼ばれ、乳がん治療の後遺症として知られています。この症状は、日常生活の質に大きく影響を与えるため、早期の対処が重要です。
私は形成外科専門医として、リンパ浮腫の治療に長年携わってきました。大学病院での専門的な経験を通じて、多くの患者さまの症状改善をサポートしてまいりました。この記事では、乳がん術後の腕のむくみについて、原因から具体的な対処法、最新の治療選択肢まで、わかりやすく解説いたします。
むくみで生活の質が下がっている方に、適切な情報をお届けできればと思います。
乳がん術後に腕がむくむ理由とは
乳がん手術後に腕がむくむ症状を「上肢リンパ浮腫」といいます。
人間の体には、血管と同じようにリンパ管が全身に張りめぐらされています。リンパ管は、血管で回収しきれない脂肪やたんぱく質、細菌などを回収する役割を担っており、その途中にあるリンパ節がフィルターのような働きをしています。
乳がん手術では、転移を予防する観点から腋窩(わきの下)のリンパ節を切除することがあります。これを「リンパ節郭清」といいます。リンパ節を切除すると、リンパ液の流れが停滞してしまい、腕の皮下組織にリンパ液が溜まってむくみが生じるのです。
リンパ浮腫を引き起こす主な要因
上肢リンパ浮腫を発症する要因は、大きく3つに分類されます。
リンパ節郭清が最も多い原因です。腋窩リンパ節を切除することで、リンパ液の流れる経路が失われてしまいます。また、放射線治療によって周辺組織である腋窩リンパ節の機能が低下することも要因となります。さらに、化学療法、特にタキサン系の抗がん剤を投与することでも発症につながる可能性があります。
センチネルリンパ節生検のみを行った場合でも、まれにリンパ浮腫が発症することがあります。これらの要因が複数組み合わさることで、発症リスクはさらに高まります。
結果として、乳がん患者さん全体の約3割がリンパ浮腫を発症するといわれていますが、予備軍も含めると潜在的にはもっと多くの方が影響を受けている可能性があります。
出典NPO法人E-BeC「乳がん手術後のリンパ浮腫 ~早期診断のススメと症状別の治療法」(2022年6月)より作成
リンパ浮腫の初期症状を見逃さないために
リンパ浮腫の治療は早めが肝心です。
初期段階では、手の指先や腕から上ってくるリンパ液が行き場を失い、上腕部分でリンパ液が漏れ出します。次第にリンパ管の中でリンパ液が逆流するようになり、リンパ管に「つまり」が生じます。この「つまり」は時間の経過とともに上腕から少しずつ前腕へと移動するため、前腕に明らかなむくみを認識したときには、すでにリンパ浮腫がだいぶ進行していることが多いのです。
こんな症状に注意してください
初期症状としては、主に以下のようなものがあります。
- 上腕の重たさやだるさ
- 腕のしびれ
- 肩の上がりにくさ
- 朝起きたときの指先のこわばり
- 手の握りにくさ
これらの症状は、更年期特有の症状との判別がしづらいため、治療が遅れることがあります。また、乳がん手術の際に神経や筋肉が損傷したことによる違和感と診断されることもあります。
特に注意していただきたいのは、やせ型体質の方です。脂肪がつきにくい体質の方は、むくみが見た目に現れなくても重症化していることがあります。見た目だけでリンパ浮腫を判断すると、適切な治療のタイミングを逃してしまう可能性があります。
術前と比べて腕回りが10mm以上太くなると、上肢リンパ浮腫が現れていると考えられます。

出典日本乳癌学会「患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版 Q25」(2019年版)より作成
日常生活でできるリンパ浮腫の予防法
リンパ浮腫は完全に予防することが難しいものの、リスクを低減するための対策があります。
日常生活の中で心がけていただきたいポイントをご紹介します。
スキンケアが基本です
リンパ浮腫の悪化を防ぐために最も重要なのは、日頃のスキンケアです。
リンパ浮腫のむくみが進行すると、皮膚のバリア機能や調節機能が低下し、外的刺激による炎症あるいは感染が起こりやすくなります。大切なのは「清潔さ」と「保湿」です。肌の成分に近い中性から弱酸性の石鹸やボディーソープをよく泡立てて、肌の表面を優しく洗ってください。入浴後は、ローションやジェル、クリームなどで保湿すると良いでしょう。
腕への負担を避ける工夫
手術をした側の腕には、以下のような配慮が必要です。
- 腕や肩をしめつける衣服やアクセサリーは避ける
- 長時間重いものを持たない
- 鍼や灸、強い力でのマッサージは絶対に行わない
- 美容目的のリンパドレナージやマッサージも避ける
仕事や家事、子どもや孫の世話、介護などでは、とかく頑張りすぎてしまいがちですが、休憩を取りながら作業することが大切です。
けがや虫刺されの予防
皮膚に傷ができると、腕の血液の循環量が増え、リンパ液が皮下組織にとどまり浮腫を生じやすくなります。さらに、細菌感染が新たな浮腫の発症や悪化を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
手指を傷つけたり、虫に刺されたりすることで上肢リンパ浮腫が悪化することがあります。日頃から皮膚を清潔に保ち、保湿などのスキンケアを心がけましょう。

リンパ浮腫の保存療法について
リンパ浮腫の治療としては、複合的治療が有効です。
複合的治療とは、複数の治療法を適宜組み合わせる方法で、リンパ浮腫治療の基本となります。
複合的治療の4つの柱
複合的治療には、以下の4つの要素があります。
圧迫療法では、弾性着衣(スリーブやグローブ)や弾性包帯(バンデージ)を使用します。これにより、リンパ液の流れを促進し、腫れを軽減します。圧迫療法はリンパ浮腫治療の基本であり、患者さまの状態に応じて個別に調整されます。
運動療法は、圧迫療法をしている状態でのエクササイズです。筋肉を使うことで、リンパ液の循環が改善されます。特に、水中運動は関節への負担が少なく効果的です。
用手的リンパドレナージは、専門の理学療法士による手技療法で、リンパ液を手動で排出するマッサージ技術です。リンパ液の流れを手助けし、腫れを軽減する効果があります。
スキンケアは、尿素配合の保湿クリームなどを使用します。基本的に予防の場合と同様の要領で行います。
治療の進め方
集中治療では、これらを2週間から4週間のサイクルで実践します。定期的に腕の周囲の測定や腕の体積の計測を行い、治療効果を確認します。改善がみられたら、次は維持療法として、スキンケア、日中の弾性スリーブ、運動療法などを継続するとともに、標準体重を保つようにします。
セルフリンパドレナージや波動型マッサージ器の有効性は証明されていません。あくまでも圧迫療法を基本に組み合わせて行うことが重要で、圧迫療法以外は単独では持続的な効果が期待できません。

出典日本乳癌学会「患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版 Q25」(2019年版)より作成
LVA手術という選択肢
保存療法で十分な改善が得られない場合、外科的治療が検討されることがあります。
外科的治療の一つに「リンパ管細静脈吻合術(LVA)」があります。これは、損傷したリンパ管の流れを改善するために、リンパ液を新しい経路に流す手術です。
LVA手術の特徴
近年は、より小さな血管径(直径0.3~0.8mm)の静脈に直接リンパ管をつなぐリンパ管細静脈吻合術が開発されています。ただし、この術式は高度な技術が要求されるため、標準術式としてのコンセンサス(合意)は得られていません。
重度のリンパ浮腫の場合、他にもリンパ節移植手術や脂肪吸引などの選択肢があります。リンパ節移植手術は、他の部位から健康なリンパ節を移植する手術で、リンパ液の排出を改善します。慢性的なリンパ浮腫では脂肪組織が過剰に蓄積することがあり、これを除去するための脂肪吸引が行われることもあります。
ただし、脂肪吸引はリンパ管そのものに働きかけるわけではなく、対処療法的な性質を持ちます。術後の脂肪塞栓・血栓、軽度の神経障害などのリスクも伴うため、十分な説明と患者さまご自身の納得が必要です。
薬による治療は推奨されません
薬による治療は有効でないばかりか、重篤な肝機能障害などの副作用が報告されており、行わないほうがよいでしょう。
リンパ浮腫の治療は、あくまで保存療法がメインとなります。外科的治療は、保存療法で十分な効果が得られない場合の選択肢として位置づけられています。
受診のタイミングと専門医の選び方
腕が重い、だるい、痛いなどの違和感を感じたら、すぐに専門の医師による診察を検討してください。
リンパ浮腫の診断は、患者さまの症状や既往歴、特に乳がん治療歴を基に行われます。医師は、腕や手の外観や感触、腫れの程度を観察し、必要に応じて画像診断を行うこともあります。
専門医の診察で行われること
診察では、触診によって患部の腫れや硬さを確認します。腕や手の周囲を計測して腫れの程度を定量的に評価することもあります。リンパ系の状態を詳しく調べるため、造影剤を用いたリンパ管造影などの画像検査が行われることもあります。
リンパ浮腫はしばしば他の疾患と区別が難しいため、血栓や感染症などの他の原因がないか確認することも重要です。
形成外科専門医の役割
私は形成外科専門医として、リンパ浮腫の診断から治療まで包括的に対応しております。大学病院での専門的な経験を活かし、患者さま一人ひとりの症状に合わせた治療計画を立案いたします。
リンパ浮腫保険診療医の資格も持っており、保険適用での治療も可能です。弾性ストッキング・圧迫療法コンダクターとして、適切な圧迫療法の指導も行っております。
気になる症状がございましたら、お気軽にご相談ください。
まとめ:早期発見と適切な治療が大切です
乳がん術後の腕のむくみ(リンパ浮腫)は、適切な対処によって症状を管理し、生活の質を保つことができます。
リンパ浮腫は、リンパ節郭清や放射線治療、化学療法などが原因で発症します。初期症状としては、腕の重たさやだるさ、しびれなどがあり、早期に発見することで重症化を防ぐことができます。
日常生活では、スキンケアを心がけ、腕への負担を避け、けがや虫刺されを予防することが重要です。治療としては、圧迫療法を中心とした複合的治療が基本となります。保存療法で十分な改善が得られない場合には、LVA手術などの外科的治療も選択肢となります。
腕に違和感を感じたら、すぐに専門の医師にご相談ください。早めの診断と適切な治療が、生活の質を守る鍵となります。
ななほしクリニックでは、リンパ浮腫外来を設けており、がん術後のむくみ治療に注力しております。原因特定、検査、保存療法(圧迫療法・スキンケア・生活指導)、LVA手術の適応判断まで、包括的な治療計画を提供いたします。
大阪府堺市の初芝駅前に位置し、通院しやすい環境を整えております。お一人で悩まず、どうぞお気軽にご相談ください。
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腕のむくみが気になる方へ
乳がん術後に腕のむくみが続く場合、リンパ浮腫の可能性があります。症状の経過や生活状況を確認しながら、適切なケア方法をご案内します。
初診では症状の経過や手術歴などを確認します。
リンパ浮腫の治療について
著者
久米川 真治(くめかわ しんじ) 医師
ななほしクリニック 院長

形成外科・皮膚科・美容皮膚科を専門とする医師。
保険診療から自費診療まで幅広い臨床経験を有し、形成外科専門医として、疾患の正確な診断と患者負担の少ない治療を重視した診療を行っている。
本サイトでは、医師としての臨床経験と医学的根拠に基づき、症状・治療法・注意点について、一般の方にも理解しやすい医療情報の発信を行っている。




