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片足だけのむくみは、なぜ注意が必要なのか
両足がむくむことは日常的によくあります。
しかし、片足だけがむくむという症状は、実は重要なサインかもしれません。特にがん治療後や手術後の方にとっては、リンパ浮腫の初期症状である可能性があります。
リンパ浮腫は、手術やがん治療、外傷などがきっかけでリンパの流れが滞り、手足などがむくむ病気です。放置すると不可逆的なむくみや皮膚硬化(象皮症)、蜂窩織炎などのリスクが高まるため、早期診断・早期治療が極めて重要とされています。
この記事では、片足だけむくむ症状がなぜ注意すべきサインなのか、リンパ浮腫との関連性、そして具体的な対応策について、形成外科専門医の視点から詳しく解説します。
リンパ浮腫とは何か|基本的なメカニズムを理解する
リンパ浮腫を理解するには、まずリンパ系の働きを知る必要があります。
体の中には、動脈と静脈のほかに「リンパ管」と呼ばれる管があります。リンパ管は、全身の皮膚のすぐ下に網目状に張り巡らされていて、このリンパ管の中には「リンパ液」という液体が流れています。
リンパ液の役割と循環の仕組み
毛細血管領域では、血液のほとんどは動脈から静脈へ素通りします。
その際、血管外へ濾出される体液量はわずかとされていますが、その体液は毛細血管領域において動脈側の小さな隙間から濾出して大半は静脈側に還ります。ほんの一部(約20リットル/日)とタンパクなどの物質はリンパ管に還るとされています。
このリンパ管は、洗面台の横に開いている小さな排水口(オーバーフロー穴)のような役割を果たしています。洗面台の下についているメインの排水管が何らかの影響で流れが悪くなると水が溜まります。これが静脈で一般的なむくみの主役です。
一方で洗面台に水が溜まっても、オーバーフロー穴があるお陰で洗面台の水が溢れることはありません。逆に言うとその小さなオーバーフロー穴の能力を超えた時には溢れてしまいます。
リンパ浮腫が発症するメカニズム
リンパ管も同様に考えると、様々な要因でむくんできてもオーバーフロー穴(リンパ管)が排水できればむくまないのですが、排水できなければむくみます。
ここでオーバーフロー穴が詰まり気味になってきたのが**リンパ浮腫**です。
リンパ液が流れていかなくなると、リンパ管の周辺の組織に溜まってしまって、むくみが生じてしまいます。リンパ管やリンパ節が生まれつき細かったり、流れが良くないことによって生じるものを「原発性(一次性)リンパ浮腫」、手術などによってリンパ管が圧迫される、狭くなる、途切れて流れない(発症原因が明らかな)ものを「続発性(二次性)リンパ浮腫」といいます。
片足だけむくむ症状|リンパ浮腫との関連性
両足がむくむ場合と片足だけがむくむ場合では、原因が大きく異なります。
両足のむくみと片足のむくみの違い
両足がむくむ場合は、心臓性浮腫や腎臓の問題、起立性浮腫など全身性の要因が考えられます。
しかし、**片足だけがむくむ**場合は、その足に特有の問題がある可能性が高くなります。リンパ浮腫は基本的には、治療した側の腕や脚に浮腫を生じます。
ただし、起立性浮腫は解剖学的な理由から左側のほうが少し強く出るのが一般的です。これは左下肢の静脈は心臓へ向かう際に解剖学的にさまざまな抵抗を受けるためです。便秘で結腸に便が溜まっているとさらに静脈を圧迫するので、左側のむくみが強くなる原因となります。
したがって、臨床的には左脚のむくみが強くても、即、左脚に何か問題があるとはいえないということになります。

がん治療後に片足だけむくむ理由
続発性リンパ浮腫は、がんの治療において、手術でリンパ節を取り除いたり放射線治療によってリンパの流れが停滞することで生じます。
これは乳がん、子宮がん、卵巣がん、前立腺がんなどの治療による後遺症の一つです。乳がんや婦人科のがんなどで使われる細胞障害性抗がん薬には副作用としてむくみが起こりやすいものがあり(一部のタキサン系の細胞障害性抗がん薬)、このむくみがリンパ浮腫になる場合があります。
リンパ節郭清を受けた場合、切除したリンパ節より先の腕や脚にリンパ浮腫が起こることがあります。また、リンパ節にがんが転移していないかどうかを調べる検査(センチネルリンパ節生検)のみを受けた場合でも、まれにリンパ浮腫が起こることがあります。
放射線の照射を受けた組織が変化してリンパ管を圧迫し、リンパ浮腫が起こることがあります。特に、リンパ節郭清のあとに放射線治療を受けた場合にリンパ浮腫が起こりやすくなります。
発症時期の個人差について
発症時期には個人差があり、手術後1年くらいで発症することもあれば、10年以上経過してから発症することもあります。
リンパ浮腫は治療の直後に起こることもあれば、数年経ってから起こることもあります。また、一度発症すると完治は難しいとされています。そのため、リンパ浮腫を予防すること、早く見つけて治療を受けることが大切です。
リンパ浮腫の進行段階と症状の変化
リンパ浮腫は進行するにつれて、症状が変化していきます。
軽度(早期段階)の症状
早期の症状では自覚症状があまりないのでむくみに気が付かないことがあります。
リンパ液がたまって皮膚の厚みが増し、静脈が見えにくくなったり、皮膚をつまんだときにしわが寄りにくくなったりしてきます。むくみが起こってから間もない状態で、腕や脚を高く上げるとむくみが元に戻ります。
中等度の症状
腕や脚ががんの治療前と比べて太くなります。
腕や脚がだるい、重い、疲れやすいなどの症状が出てきます。むくんだところを指で押すとあとが残ります。腕や脚を上げてもむくみが戻らなくなり、皮膚を押したあとの凹みがはっきりします。
重度(進行段階)の症状
むくみが進行すると皮膚が乾燥しやすい、硬くなる、毛深くなる、関節が曲げにくい、手足を動かしたときに違和感があるなどの変化があらわれます。
関節が曲げづらくなる、皮膚が硬くなる、皮膚から体液が染み出すことがあります。一般的に、リンパ浮腫は痛みを伴わないことが多いのですが、むくみが急に進んだときには痛みを感じることがあります。
蜂窩織炎のリスク
蜂窩織炎は、皮膚および皮膚の下の組織に細菌が感染し、炎症を起こす病気です。
特に、リンパ浮腫が起こっている皮膚は傷つきやすく、傷ができると感染や炎症を起こしやすい状態になっています。虫刺され、日焼け、やけど、すり傷など皮膚に傷を作らないように注意しましょう。なお、蜂窩織炎は、リンパ浮腫が起こったり悪化したりするきっかけになることがあります。
蜂窩織炎になると皮膚が赤くなり、熱さや痛みを感じます。また、38度以上の高熱、悪寒などの症状が出ることもあります。蜂窩織炎には抗菌薬による治療が必要です。皮膚が赤くなって熱さや痛みを感じるなどの症状があるときは、その部分を冷やしてなるべく動かさないようにし、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。
リンパ浮腫の診断|高周波エコーによる精密検査
リンパ浮腫の診断には、専門的な検査が必要です。
高周波エコーによるリンパ管の可視化
当院では、高周波エコーによるリンパ管の質的診断を行っています。
リンパ管の状態を高周波エコーでその場で見せることで、「今はこの部分でリンパが流れにくくなっています」と画面を見ながら説明することができます。術前術後のリンパ管の状態をエコーで可視化し、精度の高い治療を提供することが可能です。
浮腫液の蛋白濃度による分類
浮腫液をその蛋白濃度により分類することができます。
低蛋白症性浮腫(0.1~0.3g/dl)、心臓性浮腫(0.3~0.5g/dl)や静脈性浮腫(0.6~0.9g/dl)が含まれ、リンパ浮腫は高蛋白クラスに含まれますが、重症度によりばらつきが多くなります。
熱傷やアレルギーでは4~6g/dlと極めて高い値を示し、これは血管壁の篩効果が失われたものと推測されています。リンパ浮腫における蜂窩織炎でも炎症として似たような状況であることが考えられるため、通常のリンパ浮腫とは異なる病態となっていますので対応も異なってきます。
早期発見のための自己チェック
リンパ浮腫かもしれないと思ったときは、できるだけ早く担当医や看護師などの身近な医療者に相談しましょう。
むくみに気付いたときには医療機関を受診することが重要です。リンパ浮腫は、がんの治療を受けた全ての患者さんが発症するわけではありませんが、一度発症すると治りにくいという特徴があります。軽いむくみであれば、自己管理をしながら普段の生活を送ることができますが、重症化すると生活に支障を来すことがあります。発症後は早い時期から治療を始め、悪化を防ぐことが重要です。
リンパ浮腫の治療法|複合的治療アプローチ
適切な治療を受けることで、リンパ浮腫の進行を抑えたり、症状を軽くしたりすることができます。
用手的リンパドレナージ
用手的リンパドレナージは、腕や脚にたまったリンパ液を正常に機能するリンパ節へと誘導して、むくみを改善させるための医療用のマッサージ方法です。
一般的に行われているマッサージや、美容目的のリンパドレナージとは異なりますので注意が必要です。通常のマッサージや美容目的のリンパドレナージとは異なるため専門の医療機関で治療を受けましょう。皮膚を優しくさすることで、腕や脚に溜まったリンパ液を正常にリンパ節へと誘導し、浮腫を取る医療的マッサージを行います。

圧迫療法(弾性着衣・弾性包帯)
圧迫療法はむくみを軽減し、その効果を維持するために重要です。
リンパドレナージをどんなに一生懸命行っても、圧迫が不適切だとむくみは改善しません。圧迫療法は、圧迫により皮下組織内の圧力(圧迫圧)を高めて毛細血管からの漏れ出しや、リンパ液がたまるのを防ぐ効果があり、弾性着衣(弾性スリーブ、弾性グローブ、弾性ストッキング)や弾性包帯などを用いて行います。
むくみの程度によって圧迫の方法は異なりますが、軽度から中度のリンパ浮腫であれば弾性着衣を用いた圧迫を、高度のリンパ浮腫には弾性包帯を用いた圧迫を行うなど、個々の症状に応じて行うことがあります。一般的に圧迫療法では、症状が軽い場合に弾性着衣を用い、症状が重い場合に弾性包帯を用います。
用手的リンパドレナージと圧迫療法を組み合わせることで、体液が再び溜まるのを防ぐことが期待できる場合もあります。
運動療法と圧迫下での運動
リンパ浮腫の運動療法では、弾性着衣、弾性包帯などによって圧迫した状態で運動を行います。
リンパ管には、血液を全身に送るための心臓のようなポンプ機能が存在しません。そのため、リンパ管周囲の筋肉に圧をかけること、さらに運動により筋肉を動かすことでリンパ液を流します。
運動療法を行うことで、リンパ浮腫を悪化させることなくむくみのある腕や脚の運動機能の向上が見込めるとされているため、積極的な導入が勧められています。ただし、腕や脚への負担が大きい過度な運動は避けましょう。
LVA(リンパ管静脈吻合術)による外科的治療
当院では、最新顕微鏡を用いたLVA(リンパ管静脈吻合術)の日帰り手術を提供しています。
LVA手術は、国内製最高倍率の顕微鏡を使用した精密手術で、患者さまの負担を最小限にした日帰り治療を実現しています。リンパ管は細いけれど、顕微鏡を使えばつなげることが可能です。
診察から検査、手術、術後ケアの流れがスムーズで、生活の中で治療を進められるのが特徴です。手術だけで終わりではなく、圧迫療法やリンパドレナージを続けることが大切です。当院は近隣の治療院とも連携していて、手術後のケアまで考えた体制を整えています。
日常生活での予防と自己管理|QOL向上のために
リンパ浮腫の予防・進行を抑えるには日常的な心がけが重要です。
スキンケアの重要性
皮膚の清潔を保ち、乾燥を防ぎ、傷付けないよう注意し、スキントラブルを防いでいきましょう。
肌を清潔に保ち、石鹸はよく泡立てて使います。保湿で乾燥を防ぎ、すり傷・切り傷に気を付けます。ペットのひっかき傷にも注意が必要です。虫刺されに気を付け、熱いものを持つ時は、炊事用の手袋などを用いてやけどから皮膚を守ります。
衣類・靴の選び方
家事などの際にはゴム手袋で保護します。
長袖の上着や日傘などを用い、皮膚を守ります。衣類・靴下・下着・アクセサリー類は、体を締め付けずゆったりとしたものを選びます。ヒールの高い靴は避けましょう。
体重管理と生活習慣
標準体重を維持し、太り過ぎないようにします。
定期的に体重を測ることが大切です。肥満はリンパ液の流れを悪くするため、標準体重を維持することも重要です。腕や脚を心臓の位置より高くして寝ることも効果的です。
避けるべき行動と注意点
重いものは持たないようにしましょう。
疲れが残るような激しい運動は避け、適度な運動を行います。長時間同じ姿勢をとらないようにすることも重要です。炎症をきっかけにリンパ浮腫を発症したり、旅行や引っ越しなどで重い荷物を運ぶなど、無理をしすぎるとむくみのきっかけになることがあります。
買い物をする際には無理をせずキャリーバッグやショッピングカートを利用する、重い荷物は無理に持たずに宅配で送るなど、体に負担をかけない工夫が必要です。
ななほしクリニックでのリンパ浮腫治療|専門性と安心の体制
当院は、リンパ浮腫治療を専門とする形成外科クリニックです。
大学病院レベルの専門性を地域で提供
院長は現在も和歌山県立医科大学附属病院で形成外科医として勤務しており、大学病院で磨いてきた高度な技術と知識を、地域の患者さまへ還元したいという思いで開院しました。
日本形成外科学会専門医、臨床研修指導医、医学博士、リンパ浮腫保険診療医、弾性ストッキング・圧迫療法コンダクターの資格を持ち、日本形成外科学会、日本フットケア・足病医学会、日本リンパ浮腫治療学会、日本リンパ浮腫学会、日本美容皮膚科学会に所属しています。
多角的アプローチによる集学的治療
当院では、高周波エコーによるリンパ管の質的診断、最新顕微鏡を用いたLVA(リンパ管静脈吻合術)の日帰り手術、医療用弾性着衣を用いた圧迫療法、リンパドレナージを中心とした保存的治療、他クリニックとの連携による術後ケア体制の強化といった多角的アプローチによる集学的治療を提供しています。
複数の専門医による診療体制
形成外科・皮膚科・美容皮膚科・婦人科まで、多領域の専門医が在籍しています。
男性医師・女性医師の両方がいるため、性別問わず相談しやすい体制です。婦人科は女性専用待合室を設置し、女性医師のみが診療を担当し、月経トラブル・PMS・ピル処方・更年期などデリケートなお悩みも相談しやすい環境を整えています。
痛みへの配慮と患者さまに寄り添う診療
形成外科手術・レーザー治療など、痛みが心配な場合は笑気麻酔を併用し、リラックスして治療を受けられます。
地域の皆さまに寄り添い、すべての患者さまの生活の質(QOL)を向上させることが使命です。特にリンパ浮腫は早期発見・適切な治療が重要です。専門性を活かし、最適な治療をご提案します。
まとめ|片足だけのむくみに気づいたら早めの受診を
片足だけがむくむという症状は、リンパ浮腫の重要なサインである可能性があります。
特にがん治療後の方は、手術後すぐに発症することもあれば、10年以上経ってから発症することもあるため、長期的な観察が必要です。リンパ浮腫は一度発症すると完治は難しいとされていますが、早期発見・早期治療により、進行を抑え、症状を軽くすることができます。
日常生活でのスキンケア、適切な衣類の選択、体重管理、無理のない生活習慣が予防の基本となります。むくみに気づいたら、できるだけ早く専門医に相談し、高周波エコーによる診断や、用手的リンパドレナージ、圧迫療法、運動療法を組み合わせた複合的治療を受けることが重要です。
当院では、大学病院レベルの専門性を持ちながら、地域で通いやすい環境を整え、LVA(リンパ管静脈吻合術)の日帰り手術から術後ケアまで一貫した治療を提供しています。リンパ浮腫でお悩みの方、片足だけのむくみが気になる方は、お気軽にご相談ください。
著者
久米川 真治(くめかわ しんじ) 医師
ななほしクリニック 院長

形成外科・皮膚科・美容皮膚科を専門とする医師。
保険診療から自費診療まで幅広い臨床経験を有し、形成外科専門医として、疾患の正確な診断と患者負担の少ない治療を重視した診療を行っている。
本サイトでは、医師としての臨床経験と医学的根拠に基づき、症状・治療法・注意点について、一般の方にも理解しやすい医療情報の発信を行っている。




